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月夜

 投稿者:jerky  投稿日:2009年 4月15日(水)15時10分16秒
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  「毎度、ありがとうございます」
最後の一組を送り出して、テーブルの片づけをする。
残っているのは、カウンターの奥で鼾をかいて眠っている男が一人だけ。
店主のサカモトは特に気にするでもなく、片づけを行っていく。
洗い物をする時に、男の周りにある、皿やジョッキを一緒に下げ、それも洗う。
テーブルや椅子も片づけていく。伸曜日の閉店間際なので、これ以上客が来る事はないから店内から片付けだす。
この間も男は赤い顔で眠り続けている。
暖簾を中にしまい、自分用ともう一杯のコーヒーを用意する。
酒や焼き物の臭いが充満している店内を、コーヒー独特の香りが占領していく。
ドリップし終えたコーヒーを2つのカップに注ぐ。
そこで、サカモトは眠り続けている男を揺り起こす。
「キノシタさん、キノシタさん、もう閉店しましたよ」
何度か呼びかけると、一度だけ体を震わして細い眼を開ける。
そのまま椅子の上で伸びをして、あたりをゆっくり見まわす。
「ん、あぁ、そんな時間か・・・」
あくびを一つしながら首を回す。
「コーヒーですよ」
キノシタの前にカップを差し出す。
「今日のは、イオ産の豆ですよ。結構渋みがあるから、目も覚めますよ」
そう言いながら一口含み、軽い溜息をつく。
サカモトは仕事を終えるといつも店内でコーヒーを飲む。そして週に2,3度は
キノシタとこうして仕事上がりのひと時を過ごす。
「すまんね、いつも」
と無精に伸びた顎鬚を触りながらコーヒーに手を伸ばす。
「それにしても、」
温かい液体が胃に届くのを感じながら、キノシタは辺りを見回し
「テーブルとか、カウンターも良い色になってきたな」
サカモトも辺りを見回し、「そうですね」と同意する。
「でも、調理場の棚は油汚れが染み込んできてますけどね」
「じゃぁ、そろそろ新調するかい?」
サカモトは少し考えながら、
「・・・でも、まだどこも壊れてないんですよ。流石です。この店を出す時にキノシタさんに相談しててよかったですよ。城下町の友人なんかは、5年で3度新調してますから」
キノシタは鼻で笑いながら、コーヒーを啜る。
「当たり前よ。城下町の職人達には、〈木の声〉ってのが聞こえないんだよ。ただでさえ魔法機で加工する事ばっかり考えて、肝心の耐久性とかは二の次だからな。時間はかかっても、丁寧に仕事をこなす。これが一番いいんだよ」
と、残りのコーヒーを飲み干した。
「ま、明日また見にくるよ。前に頼まれたテーブルの図面も出来たし、素材も集まったから、それを見せるついでにカウンターの中もチェックするよ。明日は夕方からか?」
「いえ、明日は起曜日ですから、配達がいくつかあるぐらいですよ」
それを聞きながら、お金を出し、帰り支度をする。
「それなら、夕方頃にまた来るわ」
御馳走様とドアに手をかける。
「あ、今日のコーヒー、なかなか美味かったぜ」
「あれは私の趣味ですからね。またいいのがあったら用意しますよ」
軽く笑いながら答える。
「メニューにすりゃいいのに」
「そうしたら、私の分が無くなります」
キノシタは笑いながら店をあとにした。満月の淡い光で辺りは青白く、その中を歩くキノシタは水の中を歩いているようだった。
サカモトはコーヒーカップを片づけ、売上の確認を行った。
 
 
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